フリートーク

立体的な音の求道者―デイヴ・フリッドマンという魔法

※少し長いですが、しばしお付き合いください。


アーティストが作品を作るにあたって、第三者的な意見を与えるとともに、作品全体のコンセプトや音の作り方まで多大な影響を与えるプロデューサーという存在。そんな中でも名プロデューサーと呼ばれる人たちは、そのアーティストがそれまで持っていたイメージを大きく変えさせながらも、その作品をメディアからもリスナーからも高い評価が得られるようにすることができる。新しいファンも獲得させつつ、古いファンも納得させることができるのが名プロデューサーとしての素質なのです。


ここ日本においては、プロデューサーはさほど重要視されていません(というよりも、プロデューサーが楽曲を売るための商品プロデュースの担当者として存在していたりもする)。しかし欧米では、アーティストの本質を引き出しながらも新しい要素を加え、作品に高い評価とセールスを与えた偉大なプロデューサーがたくさんいます。古いところではビートルズを手掛けたジョージ・マーティン、「ウォール・オブ・サウンド」を確立したフィル・スペクター(殺人容疑で収監中)、80年代はファクトリー・レーベルのマーティン・ハネット、90年代以降ではNirvanaの「Nevermind」を手掛けたブッチ・ヴィグ、リック・ルービン、フラッド、リック・オケイセク(The Cars)、スウェディッシュ・ポップのトーレ・ヨハンソン、2000年代以降だとThe Horrorsを華麗に変身させたジェフ・バーロウ(Portishead)、Phoenixをグラミー受賞バンドに導いた功労者フィリップ・ズダール(Cassius)、M.I.A.を発掘したディプロ、何世代にも亘って名盤を手掛けるブライアン・イーノ、あるいはDFAのように複数からなるプロデューサー・チームもあります。


そんな中でもここ20年間で最も重要なプロデューサーと言えるのが、本稿の主役デイヴ・フリッドマンだと思います。これにはもちろん、異論を唱える人が現れてもおかしくはないけど、自分なりに彼の功績をまとめたのでぜひ紹介したいと思います。



■1.キャリア黎明期

まずは彼のキャリアをざっと振り返ってみましょう。

デイヴ・フリッドマン(Dave Fridmann、以下フリッドマンと表記)はアメリカのバンド、Mercury Revのベーシストとして80年代中頃からそのキャリアをスタートさせました。

初期のMercury Revは、Galaxy 500、Sonic Youthなどからの影響を感じさせるようなノイジーかつサイケデリックなプログレ・ガレージ・サウンドを奏で、USインディシーンではカルト的な人気を誇っていました。フリッドマンはやがて自身のMercury Revのプロデューサーとして作品を手掛ける他、Mercury Revとも密接な関係にあり、同じくUSインディで人気を獲得しつつあったThe Flaming Lips(以下リップス)にもプロデューサーとして深く関わることになります。この辺はおそらく、USインディシーンの典型的な姿勢としてのD.I.Y.精神のあらわれで、低予算で抑えるために内輪でプロデューサーをというスタンスだったのでしょう。

彼の最初のプロデュース作品である1990年のリップス「In A Priest Driven Ambulance」から98年のMercury Rev「Deserter's Songs」まで、1作(Verbenaの「Souls For Sale」)を除いた8作品が全てこの2バンドのプロデュースでした。

つまりこの時までは、自分のバンドと仲良しのバンドのみで実績を作っていた、割と平凡なプロデューサーだったのです。



■2.「フリッドマン・サウンド」はいかにして発明されたのか

では、彼はどうやって今のような「フリッドマン・サウンド」、つまりダイナミックなドラム、壮大なオーケストレーション、空間を意識した広がりのあるエフェクト、緻密なサウンドテクスチャーの配置などを発明していったのでしょうか?

彼の作り出すサウンドが大きく変貌した作品があります。

彼は97年に米ニューヨーク州のフレドニアの森の中に、自身のスタジオTarbox Road Studioを作りました。このスタジオでの初仕事となったのがリップスの8作目「Zaireeka」('97年)です。

「Zaireeka」はそのユニークな発想で世界中の音楽メディアやファンの度肝を抜きました。なぜならそれは、4枚のCDを同時に再生することで、初めて1つの作品が完成されるというものだったからです。今でこそ、それなりの知識があれば誰でも簡単に、PCで4つの音楽ファイルを再生することはできますが、この時代はなかなか大変なことだったのです。CDプレーヤーとスピーカーを4セット持ち寄って同時に再生ボタンを押すわけですから。

それはさておき、バンドサウンドを4枚のCD、つまり4つのトラックに分けることで、自然と1つのトラックに詰め込む音が増えます(1枚のCDだけで聴いても、それなりに聴き応えのあるサウンドにするため)。また、ギターやベースやボーカルに邪魔されない、ドラムスの一つ一つの音質やバランスが非常に重要になってきます。

さらに、4枚のCDを同時再生したときに、各ディスクの音がバランスよく鳴るように、音のイコライジングやパン(左右どちらのスピーカーから音が出るか)など、空間的な音の配置を徹底的に研究していくようになります。

おそらく彼は、この作品をプロデュースしていく過程の中で、先述のような「フリッドマン・サウンド」を体得していったのだと考えられます。



■3.魔法をかけられたバンドたち

「Zaireeka」により独自のスタイルを身に付けた彼が次に取り掛かったのがMercury Revの4作目「Deserter's Songs」('98年)で、本作は同年のNMEの年間最優秀アルバムに選ばれ、US・UKともに人気を博すことになります。

彼のキャリアを決定付ける最初の代表作となったこのアルバムは、ガラスのような繊細な歌声、高揚感に満ちたメロディ、ダイナミックなオーケストラサウンドによって、まるで満天の星空のような美しさを持った作品でした。

このアルバムの特徴を最も如実に表したのが、ビデオをアントン・コービン(ジョイ・ディヴィジョンの映画「Control」や、Depeche Mode、Nirvana、U2などのPVの監督として有名)が監督したこのシングルです。音楽も映像も、ひたすら美しいのです。



Mercury Rev - "Opus 40"




「Deserter's Songs」の評価のポイントは、そのサウンドでした。Mercury Revをノイジーなサイケバンドからドリーミーでシンフォニックなバンドへと生まれ変わらせた彼の手腕は多くのミュージシャンを虜にし、やがてプロデュース依頼が急増。以降99年はMogwai、Elf Power、Wheatといったインディーバンドのプロデュースを立て続けに手掛けます。

特にMogwaiはセカンド「Come On Die Young」において、それまで彼らが持っていた静と動のコントラスト、凶暴なフィードバック・ノイズという武器はそのままに、そこにメロディや展開の美しさを強化することに成功しました。また、Wheatはそれまでほぼ無名なバンドでしたが、まるで草原の中を駆け抜けていくような柔らかなメロディと爽やかなギターのアルペジオ、時々エキセントリックでノイジーなドラム・ビートにより、無機質さとハンドメイド感が非常にバランスのよい良作「Hope And Adams」を生み出します。

これらのバンドはみな、元々持っていた個性を失うことなく、従来の表現に幅を持たせたり、音や曲のバリエーションを増やすことに成功しました。まさにフリッドマンの魔法にかけられたかのように華麗に変身していったのです。

さらに翌年、99年になり彼が手掛けたのは再びリップスの新作。前作での実験が見事に結実し、世紀の名盤が誕生することになります。インディー時代も含めた通算9作目、「The Soft Bulletin」は、海外メディアで大絶賛され、こちらもNMEの年間最優秀賞を射止めました。

リップスの場合は、フリッドマンによって急激な変化がもたらされたわけではありませんが、グランジィでローファイなノイズ・ジャンクバンドだった初期から、フリッドマンのプロデュースによって作品ごとに徐々にシンフォニックなサイケデリックバンドへと変貌を遂げていきました。

このアルバムを特徴づけているのは、やはりダイナミックでエフェクトたっぷりのドラム・サウンド、さらに打ち込みのビート、シンフォニックなオーケストラ・サウンド、鈴虫の羽音などのSE、各パートにかけられたショート・ディレイやリヴァーブなどのエフェクト類であり、とりわけオープニングを飾る「Race For The Prize」のイントロのドラム音に打ちのめされた人も多いはず。



The Flaming Lips - "Race For The Prize"




「Deserter's Songs」と「The Soft Bulletin」、世界的な成功を収めたこの2作品により、彼はプロデューサーとして世界中のミュージシャンからのラブコールを受けることになりました。



■4.爆発するドラムビート

フリッドマンの手掛けるサウンドの大きな特徴である、ズシズシとしたバスドラ、シャープでメタリックなスネア、細かでソリッドなハイハットの音は、どのように形成されていったのでしょうか。

フリッドマンは2000年に、ここ日本からはNumber Girlのセカンド「Sappukei」のアルバムプロデュースを担当しました(ちなみにその前のシングル「DESTRUCTION BABY」も担当)。「Sappukei」をプロデュースしてもらうにあたり、かつてギター&ボーカル向井秀徳は「Weezerのセカンド『Pinkerton』のドラムサウンドに衝撃を受けた」と語っていましたが、あのドラムサウンドを作り出していたエンジニアこそがデイヴ・フリッドマンだったのです(ただしプロデューサーではありませんでした)。

この作品も「The Soft Bulletin」同様、1曲目のイントロからドラムのサウンドが素晴らしすぎます。このアルバム全体に迸るエモーションは、リヴァース・クオモの歌唱や歌詞だけに留まらず、この粗削りな爆裂ガレージサウンドも大いに影響していると言えます。



Weezer - "Tired of Sex"




「Sappukei」で鳴らされたドラムはまさに鋭い刃物のようであり、轟く雷鳴のようでした。アヒト・イナザワによる豪快なドラミングも相まって、このアルバムにおけるドラムサウンドは日本のロックドラムの一つの完成系なのではと思います。後続の日本のロックバンドのドラム音は、この頃からひずんだシンバルや破裂する高音スネアがスタンダードになっていきましたからね。



■5.成功、そして停滞

フリッドマンが成功した90年代末~00年代初めは、ロックが形骸化して新しいサウンドが生まれにくかった状況でした。理由を考察すれば様々な理由はあるでしょうが、確かにロックシーンは行き詰まりを見せていたのです。世の中で広く聴かれているロックは、力技でへヴィに押し切るか、静かにシンプルなアコースティック・サウンドにするかで両極化していました。

そのような中で、より従来の「ロック」に別ジャンルの要素(主にエレクトロニカやジャズ、ヒップホップなど)を加えて、スタジオワークに重点を置き、空間的な音響処理を施すことで「ロック」を高次元に押し上げようとする動きがありました。この動きは「音響派」「ポストロック」という名称で括られ、Radioheadの「Kid A」やBjorkの「Vespertine」、Tortois「Standards」などはそのような流れで生まれた、この時代を代表する名盤となりました。これらはみな、複雑なビートと立体的な音の配置で、この時代のロックシーンを牽引していきました。

そのような時代背景の中でフリッドマンは引き続きMercury Rev「All Is Dream」('01年)で従来路線をさらに推し進めつつ、The Delgados「The Great Eastern」('00年)、同「Hate」('02年)、Mogwai「Rock Action」('01年)といったグラスゴー出身バンドのプロデュース作品を発表、さらにリップス「Yoshimi Battles the Pink Robots」('02年)において、グラミー賞でBest Rock Instrumental Performance賞を受賞、100万枚を超えるセールスとなり、彼のプロデュース業も円熟期を迎えます。

しかし、そんな彼のプロデュース業も、いつまでも成功ばかりが続くわけではありませんでした。2001年、The Strokesの登場により、折しもインディーロックシーンはシンプリシティ回帰で、余計な音をそぎ落としたソリッドなロックンロールがトレンドとなりました。これとタイミングを同じくして、フリッドマンの手掛ける壮大でドラマティックな音は時代と合わなくなり、正当な評価をされない不遇の時代が始まります。プロデュースされたアーティスト達も割と小粒だったのか、あまり話題にならない時期が続きました。



■6.第二のピークへと導いた「Oracular Spectacular」

そんな彼に、再びスポットが当たる作品が誕生しました。

それは08年作の名盤、MGMTのデビューアルバム「Oracular Spectacular」です。それまでのEP作品ではシンセポップを奏でていたバンドを、フリッドマンはダイナミックなバンド演奏と合わせて'00年代型サイケデリック・サウンドを展開。このアルバムは音楽メディアから絶賛され、彼らを一躍スターダムへと導きました。

このアルバムからのシングル「Time To Pretend」を初めて聴いた時、自分はフリッドマン作品とは知らなかったのですが、なんてキラキラしてキャッチーで、それでいて壮大でサイケデリックなサウンドなんだろうと驚きました。でも、やがて彼のプロデュースであると知った時は、正直「フリッドマン懐かしいな。数年前大好きだったな」という程度の印象でした。

確かにここで聴かれるサウンドは従来のフリッドマンらしさもあったものの、以前と比べて何かが決定的に違っているように感じたのです。それはおそらくあの壮大なストリングスがない代わりに、ぶっといシンセが先導していたからではないかと思います。たぶん、10年前にこの曲をフリッドマンが手掛けていたら、イントロのシンセやAメロで鳴っているシンセは、ピアノやストリングスやホーンで鳴らされていたと思うのです。



MGMT - "Time To Pretend"




■7.最近のフリッドマン、そしてこれから

MGMTの登場により、ロックシーンが再びサイケデリックな意匠を求めるようになると同時期に、エレポップやオーケストラル・ポップも活気づいてきました。これは、シンプリシティを追求したロウな作りのロックンロールバンドが飽和状態となり、そこから脱却して生き残るべく、音に多様性を求めるようになった結果といえるでしょう。ロックンロールバンドたちは次々とシンセだったり管弦楽器を導入し始め、かつてフリッドマンの専売特許であったカラフルなサウンドに再びスポットが当たるようになってきました。

しかし「Oracular Spectacular」の後、フリッドマンはこれまでの専売特許を捨て、新たな方向性を模索するような作品も手掛けるようになってきたように感じます。漆黒の深い森の中へと誘うサウンドを鳴らしたリップスの「Embryonic」は、従来の彼らの多幸感あふれるサウンドと180度変わっていたし、Incubusのフロントマン、Brandon Boydのソロアルバム「The Wild Trapeze」('10年)では、知らずに聴いたらフリッドマンのプロデュース作品とは気付かないほどに、普遍的な音作りをしています。ここでは、キラキラしたシンセやひしゃげたドラムビートは鳴っていないのです。

リップスやブランドンの場合は、おそらくアーティスト側の意向によるものも大きいのでしょう。プロデュースされる側のミュージシャンにとって、フリッドマンはアーティストと同等の影響をサウンドにもたらすほどに大きな存在であり、そこが魅力であると同時に「自分本来のサウンドが失われないか」「アクが強すぎて、何度もプロデュースされると型にはまってしまうのでは」という念が起こるのではないでしょうか。

しかし現時点でフリッドマンは、そのような「本来のアーティスト魅力を消してしまう作品」を出していません。アーティスト本来の個性をうまく引き出しつつ、そこを大きく広げることができるのがフリッドマンの手腕なのだと思います。

ここ数年の作品で注目すべき作品と言えば、OK Goの「Of the Blue Colour of the Sky」('10年)を挙げられるでしょう。ひねくれポップと凝ったPVで人気を博していたバンドに、プリンスばりのディスコファンクやエレポップをちりばめ、ダイナミックなドラミングと多彩な音色でパーティ感を増強したこのアルバムは、リップスの「The Soft Bulletin」を思わせる「静と動」あるいは「陰と陽」が絶妙に表現されていました。特に「This Too Shall Pass」はPVが素晴らしいのは言うまでもないですが、バーストしたドラム、ホーンやピアノの旋律、ヴォーカルにかけられたショートディレイ風のエフェクト、ビッグなコーラスなどが完璧なバランスで鳴っています。



OK Go - "This Too Shall Pass"

※このPVは当ブログでの2010年度年間アワードでPV部門1位でした。



その他、オーストラリアのエレポップデュオ、Gypsy And The Catの「Gilgamesh」('10年)では、プロデューサーではないながらも一部の曲でミキシング・エンジニアで参加、フリッドマンらしい音とエフェクトで、彼らの持ち味であるドリーミーな音をより進化させていました。また、先日リリースされたばかりのチルウェイヴの代表アーティスト、Neon Indianの最新作「Era Extrana」のミックスをフリッドマンが担当。彼が得意とする、キラキラとしたエレクトリックな音と空間系エフェクトをうまく活かして、前作よりも音の配置がクリアで壮大なサウンドを鳴らすことに成功しています。



Neon Indian - "Hex Girlfriend" (unofficial video)




フリッドマンの作り出すサウンドは、空間的な音の配置やエレクトリックなサウンドが重要なタームであるチルウェイヴやポスト・ダブステップとも親和性が高いのではないかと思います。それらのジャンルがネクスト・ステップに踏み出す時、そこにフリッドマンが関わることでとんでもないマジックが生まれるのではないか?と考えると、ワクワクします。

例えばThe XXFoster The Peopleのように、エレクトリックな要素を含んだバンドだったり、あるいは今年リリースの新作において、ロウファイサウンドからグリッターで壮大な世界へと足を踏み入れた現代のリップス的バンド、Girlsだったり、日本からは神聖かまってちゃんだったりが、もしも次回作でプロデューサーにデイヴ・フリッドマンを迎えたら・・・それこそ、「2010年代」のロックを定義するようなとんでもないサウンドが生まれるのではないかと思うのです。それほどまでに、彼はこれまで個性的なバンドの特徴を活かしながら、まったくのネクストレベルへと押し上げ、音楽シーンを変えることができる優れたプロデューサーだと思うのです。



この記事がきっかけで、彼のプロデュース作品に初めて触れたり、あるいはより深く聴こうという人が増えればと思い、執筆させていただきました。長文でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。お疲れ様でした!







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